やっと「通貨マフィアが日銀総裁」の時代に

黒田東彦さんが日銀総裁となるのが感慨深い。
彼と知り合ったのは今から四半世紀も昔、1987年(昭和62年)のことだ。

私は朝日新聞経済部の記者。通称、「財研」と呼ばれる大蔵省記者クラブにいた。黒田さんは国際金融局の課長だった。気さくで明るい人で、説明がわかりやすかったから、何人もの記者が彼を囲み、国際会議の様子を談笑しながら聞いていたシーンを思い出す。

もっとも、当時の大蔵省は一に主計局、二に主計局、三四がなくて五に主税局といった感じだった。旧態依然たる発想の新聞社の上層部も同じように考えていた。

朝日の財研は経済部4人、政治部1人(派閥の長で総理候補だった宮沢喜一大蔵大臣をウオッチするため)の体制だったが、経済部はキャップの次の年次が主計局を担当、その次が主税局担当。

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