松島みどり20年の歩み

【平成7年(1995年)】

初の公募候補として墨田区、荒川区で活動開始。地下鉄サリン事件などオウム事件が相次いだ時期。ポスター撮影の日、阪神淡路大震災が起きる。この年4月、区議会選挙で応援のマイクを持たせていただき、政治家としてデビュー。

【平成8年(1996年)】

10月、初めての選挙、東京14区で惜敗。
惜敗率96%は、全国の落選者の中で2番目に高かった。

【平成12年(2000年)】6月、初当選。

与党内調整により新人としては異例の比例東京ブロック1位で当選。この時の自民党同期当選は、小渕優子、竹下亘、宮沢洋一、後藤田正純、梶山弘志各氏ら名門が並び、約30人。うち、現在、衆議院議員として残っているのは10人。衆議院厚生労働委員会、経済産業委員会、法務委員会、議院運営委員会、憲法審査会などの委員を務める。

【平成15年(2003年)】11月、2回目の当選。

現職3人が争う大激戦だったが、小泉総理、安倍幹事長、福田官房長官(いずれも当時)らの応援を得て、小選挙区で初当選。
衆議院経済産業委員会理事、法務委員会理事、自民党厚生労働部会長代理など務める。

【平成17年(2005年)】9月、3回目の当選。

郵政選挙。11万8771票(うち墨田区は6万8490票)を獲得し、東京14選挙区でただ一人の議員となる。11月、自民党経済産業部会長に就任。衆議院法務委員会理事、青少年特別委員会理事を務める。

平成18年(2006年)9月 外務大臣政務官に就任。(第1次安倍政権)
平成19年(2007年)8月 国土交通副大臣に就任。
(第1次安倍政権、福田政権。平成20年8月まで)
平成20年(2008年)8月 自民党政務調査会政策審議委員に就任。
外務委員会理事を務める。

 

【平成21年(2009年)】

8月、選挙に負ける。麻生政権は惨敗し、民主党に政権を奪われる。東京の25選挙区のうち小選挙区で当選は4人だけ、うち民主党に勝ったのは平沢勝栄氏のみ。惜敗率84・6%は東京の比例復活順位1番だったが、大学教授やテレビ番組の制作、キャスターをしながら、3年4か月の浪人生活を送りました。

【平成24年(2012年)】12月、4回目の当選。

自民党が圧勝し、政権奪還。同月から衆議院青少年特別委員長、自民党総務に就任。

平成25年(2013年)9月 経済産業副大臣に就任。(第2次安倍内閣)

 

【平成26年(2014年)】

9月3日、法務大臣に就任。(第2次安倍内閣。10月20日まで)
12月、5回目の当選。同月から自民党政調副会長に就任。

外務委員会委員、科学技術・イノベーション推進特別委員会委員。
現在、伝統的工芸品産業振興議員連盟幹事長、住宅対策促進議員連盟事務局長、無戸籍問題を考える議員連盟副会長など、多数の議員連盟の役職を務める。

 

過去のポスター一覧

上へ戻る